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Something Neutral

大切なのは思いやり。日々のあれこれを多角的に考えるブログです。

ムーンライト LGBTの問題はマイノリティであるということではなく、不安と孤独に起因する。

ムーンライト

公開:2016年10月21日(アメリカ)

   2017年3月31日(日本)

配給: A24(アメリカ)

   ファントム・フィルム(日本)

監督・脚本:バリー・ジェンキンス

原作:タレル・アルヴィン・マクレイニー"In Moonlight Black Boys Look Blue"

キャスト: トレヴァンテ・ローズ、アンドレ・ホランド、ジャネール・モネイ、アシュトン・サンダース、ジャレル・ジェローム、ナオミ・ハリス、マハーシャラ・アリ

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あらすじ

/ リトル 月明かりで、おまえはブルーに輝く。
シャロン(アレックス・ヒバート)は、学校では“リトル”というあだ名でいじめられている内気な性格の男の子。ある日、いつものようにいじめっ子たちに追いかけられ廃墟まで追い詰められると、それを見ていたフアン(マハーシャラ・アリ)に助けられる。フアンは、何も話をしてくれないシャロンを恋人のテレサ(ジャネール・モネイ)の元に連れて帰る。その後も何かとシャロンを気にかけるようになり、シャロンもフアンに心を開いていく。ある日、海で泳ぎ方を教えてもらいながら、フアンから「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな」と生き方を教わり、彼を父親代わりのように感じはじめる。家に帰っても行き場のないシャロンにとって、フアンと、男友達ケヴィンだけが、心許せる唯一の“友達”だった。

// シャロン 泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ。

高校生になったシャロンは相変わらず学校でもいじめられている。母親のポーラは麻薬におぼれ酩酊状態の日も多くなっていた。自分の家で居場所を失ったシャロンは、フアンとテレサの家へ向かう。テレサは「うちのルールは愛と自信を持つこと」と、昔と変わらない絶対的な愛情でシャロンを迎えてくれる。 とある日、同級生に罵られひどいショックを受けたシャロンは、夜の浜辺に向かうと、偶然ケヴィンも浜辺にやってくる。密かにケヴィンに惹かれているシャロン。月明かりが輝く夜、二人は初めてお互いの心に触れることに… しかし、その翌日、学校ではある事件が起きてしまう。

/// ブラック あの夜のことを、今でもずっと、覚えている。

あの事件からシャロンは大きく変わっていた。高校の時と違い、体を鍛えあげ、弱い自分から脱却して心も体も鎧をまとっている。ある夜、突然ケヴィン(アンドレ・ホーランド)から連絡がある。 料理人となったケヴィンはダイナーで働いていて、シャロンに似た客がかけたある曲を聴きふとシャロンを思い出し、連絡をしてきたという。あの頃のすべてを忘れようとしていたシャロンは、突然の電話に動揺を隠せない。 翌日、シャロンは複雑な想いを胸に、ケヴィンと再会するのだが―。

引用:映画『ムーンライト』公式サイト

 

おちゃ的感想

☆☆☆☆(傑作、人におすすめしたい)

2016年アカデミー作品賞受賞作品なのでそのうち見たいなーと思っていた作品でしたが、いい機会なのでNetflixで鑑賞。

幼少時代、少年時代、大人時代と3つのパートに分けて描かれた作品で、主人公シャーロンの心の葛藤をややダークな色調で表現されている。LGBT、ネグレクト、ドラッグ、貧困、社会的弱者の苦しみについても触れており、メッセージ性も高い。また登場人物はみな黒人で白人映画が主体だったアカデミー賞の歴史上、価値の高い作品と言える。

 

LGBT

「LGBTを差別しない」、「マイノリティでも尊重する」。

まるでLGBTのことをよくわかっているような言葉だ。男、女、ゲイ、レズ、バイ。それだけでカテゴライズできるほど人間は単純ではない。その人はその人という名称でほかの誰とも同じではない。それはマジョリティ側の人間だって同じ。それをこの作品は教えてくれたと思う。

あからさまに非難する人は論外だが、いまいち実感のわかない日本のような国ではいつの間にかLGBT=〇〇な人とラベルを付けて知った気になっているように思う。日本人の「多様性を認めよう」っていうのは自分が認められているという保証の上で発される言葉のように聞こえる。なんだか多様性を一義的に捉えているように思う。

 

作中では自らがゲイであるということは幼少期わかっておらず、実の母親からの「お前はおかまなんだ」というセリフで初めて確信する。なんと残酷なのだろうか。彼がゲイということを表に出さないのはゲイであるという事実を明かしたくないというより、孤独になりたくなかったからではないだろうか。自分を本当に理解してくれる人はいるのかという不安から逃れることはできなかった。LGBTの問題はマイノリティであるということより、性別を超越した愛があるかどうかである。

 

この映画はLGBTにフォーカスしたというよりは友人、家族、恋人との愛。性別だけではまとめられない複雑な感情を描いたものだと思う。そういう意味でこの映画は純愛映画と言える。

 

家族の愛

愛とは恋人へのものだけでなく、友人として、親としてのものも含む。特に家族の愛は深い。

家族とは実の母親だけでなく、フアンとその恋人テレサもそのような役割を果たす。フアンとテレサはシャロンを思いやり、彼を正しい道に導いてくれる。しかし、実の子ではない。

逆に実の母はもちろん血のつながりはあるが、ドラッグを求め、シャロンのことより自分のことを優先する。ただし、母はシャロンのことをどうでもいいと思っているわけではない。ちゃんと学校には行かせようとするし、本やテレビを見せたりする。後半になればなるほど、母の愛情と過去のふるまいに対する姿もシャロンの心を動かしていく。フアンの「おれも昔は母親が嫌いだったが、今は違う」というエピソードと重なっていく。

フアンとテレサの愛はシャロンを見守るものとして、実母の愛は唯一の肉親として、どちらも彼に心の拠り所となる。

 

ケヴィンとの関係

ケヴィンは幼少期からの唯一の友人であり、理解者。そんなケヴィンに惹かれるシャロンだったが、ある事件から離れ離れになってしまう。大人になったシャロンはひ弱でゲイな自分を隠すように体を鍛え、誇張しようとする。

「それでも心はあのころのまま」というケヴィンのセリフがあるが、やっぱりLGBTっていうのはあくまでその人の一面であって本質ではないと思う。あのころのままっていうのはLGBTのままっていう意味ではなく、孤独を恐れて不安で、理解者を求めているっていう意味。性別ではなくて、満たしてくれる人間という意味だったと思う。

 

「月の光で黒人の少年は青く見える」

劇中でフアンがシャーロンに言うこのセリフでわかるよう、この作品は色がひとつのポイントであることがうかがえる。

タイトルにもなっているが、月の光・青というのは非常に印象的で、重要なシーンはいつも月明りが差している。全体的に暗めのシーンが多いが、それは悲しさだけでなく、そのなかにも「月の光」という希望が差しているように感じる。完全にブラックではなく、やや青みがかったそれは心地よい、人間通しの関係性を表している。

逆に母親がシャーロンを「おかま」と罵るシーンは自然光ではなく、ピンクという発色の良い不気味な光。シーンのショッキングさが増して、心をえぐり取るような雰囲気を醸し出す。

 

まとめ

映像、演技、脚本どれも優れた作品で、ずっしりと心に迫る、しかし後味の良い映画だったと思う。

普通に純愛としても楽しめるし、話もわかりやすい。誰でも楽しめる作品だと思うので、固定観念を捨てて見てほしい作品である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ここからネタバレ~

印象に残ったのはいじめっ子を椅子で殴ったシーンとラストシーン。

 

椅子で殴ったのはまず感想としてとてもスカッとした。

それと同時にケヴィンに殴られるシーンでいくらケヴィンが「もう立つな」と言っても立ち続けるのはいじめに対する抵抗で、自分が弱くないということをケヴィンに見せている。また信じていたケヴィンに殴られるのは彼の本心ではないとわかっていてもシャロンの心を砕いてしまう。「なにもわかってないくせに」というのは先生だけでなく、同時に、誰も理解者はいないと自分に言い聞かせたのだと思う。いじめっ子を殴ったのは孤独を恐れている自分との決別とも取れた。

 

またラストシーンはついにケヴィンがシャロンの心の拠り所として受け入れられるシーンである。彼の愛がこれまで描かれてきたすべての不安と孤独からシャロンを解放する。ああ、本当に良い脚本だったなぁと納得できるシーンだった。

 

※当記事はすべて筆者の一所感なので、公式サイトと差異があることをご了承ください。またご指摘、ご意見いただければ幸いです。