まいにちコツコツ抜け道さがし。

Something Neutral

大切なのは思いやり。日々のあれこれを多角的に考えるブログです。

お金を払ってまでマラソンという苦行に臨む僕の心理。

おとといは大阪マラソンを走った。

 

3回連続3回目、倍率が4倍を超えるなか、我ながら強運だと思う。ちなみに初めての出走が3時間40分くらい、2回目がなんとか4時間を切ったくらい。

学生の頃はサブスリー(3時間を切る、一般的にはシリアスランナーの部類)だったのになぁと思いながら今回はついに4時間を超えてしまった。

 

もう年に1回しかフルマラソンは走らないし、今年なんて通しで20kmも走ってない。練習は週2回の帰宅ランだし、週末もどちらかにゆっくり1時間走るだけ。月間の走行距離はたぶん50kmくらいのもんだろう。それで42.195kmを走ろうとするんだからどれだけ馬鹿なんだろうか。

でも大阪マラソンみたいな大きなマラソン大会はエントリーするのが半年以上前になる。だから昔走れたから少し練習すればたぶんいけるだろうみたいなふわっとした感覚で申し込んでしまう。

 

そんな過ちを犯し続けて早3年。

結果は言わずともわかる。昨年みたいに走れないし、次の日は身体がバキバキ。

 

でもなんでか「もう辞めよう」とはならないんだな。たぶんこれをわからない人が大多数だと思うんだけど、走るのを辞める気にはならない。申し込んだことを後悔するのはそうなんだけど、それは当日まで練習してこなかった自分に対してであって、マラソンを続けてきたことへのそれではない。

 

マラソンを走ったことがある人なら十中八九聞かれると思うコレ。

「なんでお金を払ってまで苦しい思いをするの?」

 

そりゃそうだ。

だってマラソン走るには1万円以上の申し込み費用がいる。さらに42.195kmも走らされる。いいことないじゃんって?

 

でも大阪マラソンの参加者が3万2千人もいるそうな。倍率4倍だから走りたかった人まで含めると12万8千人も金払って、苦しい思いを自ら希望した人がいるということになる。マラソンが世界中で人気であることを踏まえるとその人数は果てしないんだろう。

 

そのたった一人でしかないけど、僕の「お金を払って苦しい思いをする」理由を今日は書きたい。

 

 

走ることが目的になっているから。

これもたまに言われるんだけど、「遠くに行きたいなら車乗ればいいじゃん」

 

お、おう。せやな。

 

まあ、こういう質問が出ること自体ランナーならあり得ないんだけど、走ることが嫌いな人だったらこういう発想になるよね。

当たり前だけど走ることっていうのは移動手段じゃない。それ自体が目的で、見返りを求めているわけではない。走った結果として何かを得たいのではなくて、それ自体を楽しみたい。

スポーツっていうのはルールという枠組みがあるから単純な競争を楽しめるわけで、ただ単に目的を達成するための手段ではないからだ。もし目的の達成を第一に考えるなら飛行機に乗れば早く目的地に着くだろうし、銃を持てば相手を倒せる。極論ね。

 

僕の場合は走ること自体を楽しめている。それはつまり、何も考えずに体を自由に動かすのが好きなんだ。家にいつも居てはつまらないし、走ることがいろいろな気持ちをスカッとさせてくれる。もやもやした気持ちを晴らしてくれる。ポジティブな気持ちにしてくれる。

 

あとはナルシズムだけど、颯爽と外を走る自分が好き(笑)

 

 

太りたくない。

理由その2はダイエットだ。といっても別に太ったことはない。

とはいえ走るのを辞めたらそれはそれで太りそうじゃん。

好きな服着たいし、なんならカッコよく見られたい。なんかこれ西野カナっぽいな。

 

でもダイエットっていうのはランニングも最初の動機なんじゃないかな?

 

惰性で続けているっていうのもある。

惰性。これが意外と大きい理由だと思う。

中学から陸上部だったし、大阪マラソンも3回目。

学生時代は毎日走ってたし、走らないと体に一種の気持ち悪さを覚える。そわそわするというか。

毎日してるから歯磨きしないとなんだか気持ち悪いじゃないですか?それに近いんだよね。まあこれは僕の性格上完璧主義っぽいとこもあって週何回と決めたらそれ通りにできないとなんだか気持ち悪いんだよね。

 

そんな感じで辞めように辞められない自分がいる・・・(笑)

 

計画するのが楽しい。

マラソンっていうのは分析しやすいスポーツだ。大体走る前に結果は見当がつく。月間の走行距離、練習の出来、前回とのコンディション比較・・・。

これが楽しいという人は多いんじゃないだろうか。

マラソンは記録競技だから野球やサッカーと違って相手によってのみ勝ち負けが判定されるわけではない。何人に抜かれようが前回より良い記録であれば成長を実感できるし、自分の実力を判定できる。相手がいる競技は自分の実力や成長を判定するものさし(相手)が不確定的だ。そこがマラソンの魅力なんじゃないかな?

 

記録が正確なものさしである以上、自分の現在地が把握しやすい。今の練習の消化率やレベルから相対的に結果を予測しやすい。だから次の目的も一歩一歩見えてくるし、近づいていくのがわかる。

逆を言えば僕みたいに全く練習してなければ、走る前にあわよくばみたいな甘い考えは決して浮かばないけど・・・。

 

負けず嫌い。

さっきは相手よりも記録って言ったんだけど、やっぱり相手も重要なモチベーションだ。僕の会社には何人かマラソンを走る人がいるんだけど、サブスリーというプライドもあり、記録が落ちても直接対決では絶対に負けたくないんだよ。

誰かが記録を出しているのを見ると練習しようと思う。

そういう価値観ってもう社会人になり、練習量も圧倒的に減ったから乏しくなったけど、やっぱりちょびっとは湧き出てくるものなんだよねぇ。

 

負けず嫌いとは少し違うけど、僕よりもだいぶんレベルが上の選手が好記録出したりしてもやる気は沸く。実業団に所属している後輩がいるんだけど、彼ががんばっているのを見ると自分もがんばろうという気になる。

 

まとめ

と、まあここまでつらつらとマラソンを走る理由を書きました。

実はほかにもいろいろある。一人でできる、ゴール後の達成感、練習場所を選ばない、コスパがいい、話のネタになる・・・etc

 

書きながら思ったんだけどそれだけ走ることには人それぞれ理由が存在する。3万2千人走るとそれだけ別の理由があるんじゃないかとも思う。

だから僕はお金を払って苦しい思いをする。苦しいのは確かにそうなんだけど、それだけでは言い表せないたくさんの理由がある。

 

だから僕はなんだかんだ言って来年の大阪マラソンも申し込むことをもう決めている。