まいにちコツコツ抜け道さがし。

Something Neutral

大切なのは思いやり。日々のあれこれを多角的に考えるブログです。

人身事故で人が命が一つ亡くなっているということを感じたことはありますか?

「人身事故で電車が〇分遅れております。お急ぎのお客様にはご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。」

 

 

けっこう頻繁に聞こえるアナウンス。これについて感じることって「またか・・・。」とか「〇〇線は弱い」とか「会社に遅れる~」とかそんな感じでしょうか?

ちょっと前にも東海道新幹線が人身事故で足止めになってましたよね。その時もインタビューで言ってたんです。

 

「もう1時間も足止めです。はやく家に帰りたいです。」

 

まあ、そりゃその通りです。家に帰るのが1時間も遅れたら意気消沈するし、肉体的にもしんどい。前置きとして僕も当事者だったらそう思います。

 

でも、それだけですか?

 

姫路署によると、駅の防犯カメラに通過直前に男性とみられる人が線路上に飛び降りる姿が映っていた。署は自殺を図ったとみて調べている。成人とみられるという。

 週末の帰宅時間帯で、線路上や駅で停車した新幹線の車内に「缶詰」となった乗客も多いとみられる。新幹線各駅のホームも運転再開を待つ客で混雑した。

(中略)

「運転再開は午後8時15分になります」との放送が構内に流れると、「ふざけるな」と怒号がとんだり、大きくため息をもらしたりする人もいた。

東京駅で怒号も 東京―博多で新幹線が一時運転見合わせ:朝日新聞デジタル

 

人が一人亡くなってるんだよ。

 

もし自分がその人の親族だったら、「ふざけんな」って言えるかな?言えないだろうね。『人身事故による遅延』っていうのが日常生活に当たり前になりすぎて、命を落としている人がいるっていう事件について感じることができなくなってしまった。人身事故=電車が遅れるという風に表面的にしか事件を想像できなくなってしまっている。

 

ドキュメンタリーで動物が死んだら悲しむけど、人身事故では死んだこと対しては想像すら及ばない。正直、他人の死はやっぱり他人事なんですけど、人身事故は他人事ですらないというか。自分の身の回りに起きていること(遅延)が脳内を埋め尽くして、人の死についてはフォーカスすらされない。だからといってニュースで亡くなった人の話をしろというわけではないんですけど。

 

人が死んで、その対応について「ふざけんな」っていう怒号はいかがなものかなぁと思います。

 

 

 

というのが嫁に言われてハッとしたことです。

物事を表面だけでなく、奥底まで想像して。テレビで言われた通りに受け取るのではなく、客観的な目をもって、淡々と事象を推量する。そして常に疑いの目を合わせ持つ。

大切なことですね。