まいにちコツコツ抜け道さがし。

Something Neutral

大切なのは思いやり。日々のあれこれを多角的に考えるブログです。

体操のパワハラ問題を受けてスポーツ界は不健康な体制から脱却しなければならない。

ãæé¨ç§å­¦çï¼ã¹ãã¼ãåºãæååºï¼ã®å¥ãå£æé¨ç§å­¦çï¼ã¹ãã¼ãåºãæååºï¼ã®å¥ãå£ãã®ããªã¼åçç´ æãæ¡å¤§

 

コーチの暴力に端を発した体操協会トップのパワハラ問題。

 

連日ニュースで報道されているので有名な話ですが、速見コーチが指導している宮川紗江選手の髪を引っ張るなどの暴力を振るっていたことから未期限登録抹消の処分を受けました。

しかし、そのことに宮川選手は日本体操協会の塚原千恵子女子強化本部長と夫の光男副会長よりパワハラを受けていたとの証言をし、速見コーチの処分軽減を訴えました。

 

 

最近多いですね。

この手のスポーツ界の不祥事。

日大アメフト部の内田監督、レスリングの栄強化本部長、アマチュアボクシング界の山根会長、そしてこの塚原夫妻。

 

どれも共通するのは選手やコーチなどが抗えない圧倒的な上からのパワーです。

選手はコーチに、コーチは協会に、協会は会長に、

下から上に意見することは自分の地位を危うくすることにほかなりません。

 

東京五輪に向けてスポーツ界の膿出しとも揶揄されるこれまでのニュースですが、僕はこれはほんの氷山の一角なんじゃないかと思います。

 

果たしてスポーツ界はクリーンなものなのか?

女子体操の主力である宮川選手は、秋の世界選手権の代表候補などを辞退した。18歳の選手が、東京五輪に向けた女子の強化責任者を告発するのは異常な事態である。パワハラの有無や問題の背景を究明し、健全な体操界を取り戻さなければならない。

 

【主張】「パワハラ」告発 健全な体操界を取り戻せ - 産経ニュースという記事から引用しているのですが、なにか違和感ないでしょうか?

 

 

 

健全な体操界を取り戻さなければならない??

 

もともと健全な体操界などあったのでしょうか?取り戻すとは?

 

おそらく昔から健全な体操界などなかったのではないでしょうか。お家芸とまで言われ強豪国として長年君臨してきた日本の体操ですが、体罰パワハラなど常態化していたのではないかと思います。

 

なぜなら今回のパワハラ問題も今に始まったことではありません。

 

 日本体操協会を巡っては、1991年11月に開催された全日本選手権で女子選手が参加91人中、55人も出場をボイコットするという騒動も起きていた。

 審判の採点に不満を抱いた選手らによる行動で、背景には日本協会の女子執行部体制への反発があったとされる。当時、朝日生命クラブの監督を務めていた塚原光男氏が同年4月に女子競技委員長に就任していた。

 就任後は、朝日生命クラブ所属の選手の採点が優遇される場面があったり、世界選手権の代表も7人中3人が同クラブ所属の選手が占めたりするなどの事態が起きたとされ、それに反発してボイコットが起きた。塚原氏は競技委員長を辞職している。

全日本体操で55選手ボイコット…27年前も女子猛反発で塚原光男氏辞職

 

これほどまで大きな問題があったにも関わらず、光男氏は未だ体操協会の副会長であります。

 

また1968年メキシコシティーオリンピックに出場した経歴もある千恵子氏も引退後は指導者として後進の育成にあたりましたが、その地位は圧倒的で歯向かうことはできず、嫌われれば体操界にいることすらできなくなるという権力から女帝と呼ばれていました。

 

おそらく大きな表面化こそしてないだけでこれまで多くの選手が2人からパワハラを受けてきたのではないでしょうか。

 

たぶんパワハラや暴力は学生のアマチュアスポーツから根付いている

スポーツ界にはこのようなことが大なり小なり往々にしてあります。

有名な話ですが、昭和時代は「水も飲めない」、「体罰は当たり前」です。

 

未だにそんな話は多々あります。

根底には「厳しい環境で練習した=乗り越えれば成長につながる」という指導者の考えがあるのでしょうか?自己正当化するためのエゴのような気がしますが。

 

残念ながら厳しい=強豪というのは通説とまで言えます。

 

もうすでに厳しいということが目的になり、実際の中身(練習)は二の次です。

高校野球で選手が過剰な走り込みをしているのを聞いて疑問を抱いてしまわないですか?持久走をしても瞬発力はつかないし、そこまでの持久力は野球に求められません。

 

努力(一生懸命)のベクトルを間違えているような気がしますが・・・。

 

「いっぱい走っていっぱい苦しめ」、「苦しまなければ結果は出ない」

 

指導者のエゴで勘違いのような気がしますが、そんな考えが無意識的にスポーツ界には蔓延しているような気がします。

 

 

理不尽を我慢するのが一生懸命だという思い込みから女帝を産む。

脱線しましたが話をパワハラに戻します。

 

「苦しむ」というのは強い選手になるために必要なこと。

私も現役時代は苦しんだからそれは理不尽で当然。

 

そういった考えが役職が上にある人間は下の者に何を言ってもいいといったような雰囲気になってしまうのではないでしょうか?

そして反感を抱きながらも声を出さないこと(理不尽を一生懸命受け入れる)を美徳とする選手がのちにこのような指導者になってしまうような気がします。

 

なんだか下っ端サラリーマンが残業自慢しているのに似てますね。

のちにそんな人が上司になって残業しない部下に苦言を呈すのでしょう。「ラクしてはいけない」と。

 

塚原夫妻の本意は不明ですが、未だに「宮川選手のため」と言っているということは「苦しむ=努力している=良いこと」という考えが無意識に存在しているような気がしてなりません。

 

こういった負のサイクルが確立している以上、スポーツ界はクリーンにならない

そんな気がします。

決してスポーツは爽やかなものではありません。

 

引退した選手が犯罪を犯したり、パワハラ問題があったり、スポーツを通じて健全な魂を育成するなど如何に間違った神話であるか。

一度統計を取って客観的に見てみたいですね。

 

「感動」や「努力」など煌びやかな表面を持つと同時に、裏面が及ぼす人生への影響は大きいと思います。

 

今回の宮川選手の行動は勇気あるもので賞賛されるべきものです。

裏面を世の中に訴えたのですから。

多くの人が体操を含む一連のスポーツ界の騒動でその見方を考え直す必要があります。

東京五輪は絶好の機会なのではないでしょうか。

 

健全なスポーツ界を取り戻すのではなく、不健康なスポーツ界と決別するために。