まいにちコツコツ抜け道さがし。

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大切なのは思いやり。日々のあれこれを多角的に考えるブログです。

マッスル北村の死因は餓死?筋肉とともに生きた心優しい男の話。

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あれは友人の筋肉論について、なにを目標にしているのか聞いたときだった。

 

「お前、筋肉のこと考えすぎて餓死した人しっとんのか!?」

 

はぁ?

 

聞いた瞬間意味がわからなかった。

風が吹けば桶屋が儲かる?

常人の僕には筋肉と餓死が全く結びつかない・・・。

 

その後、友人はマッスル北村という人物について熱く語りだしたのだ。

 

マッスル北村(マッスルきたむら、1960年10月6日 - 2000年8月3日)は、ボディビルダー、タレント。本名、北村克己(きたむら かつみ)。

東京学芸大学附属大泉小学校卒業、東京学芸大学附属大泉中学校卒業、東京学芸大学教育学部附属高等学校卒業、東京大学理科II類中退、東京医科歯科大学医学部中退。

端正なマスクと柔和な語り口に反し、驚異的にバルクアップされた肉体で世間の注目を浴び、タレントとしても人気を博した。

 

 

何のために生きるのか?

『北村は、子供の頃から「人は何の為に生まれてくるのか。僕は、せっかく生まれてきたのだから、何か目標を見つけて、自分の限界まで挑みたい。そうしないと時間がもったいない」という観念を持っており、その観念は成長するにつれて、どんどん強くなっていった。 北村の口癖は「僕には時間がない」。それゆえに様々な分野にチャレンジし、常規を逸しているとも言える努力量で真剣に取り組んだ。それに伴い、数多くの挫折も経験した。』

 

「人は何の為に生まれてくるのか。僕は、せっかく生まれてきたのだから、何か目標を見つけて、自分の限界まで挑みたい。そうしないと時間がもったいない」

 

何のために生まれて~♪

何をして生きるのか~♪

わからないまま終わる~♪

そ~なんなのはイヤだ~!

 

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マッスル北村。

彼はリアルアンパンマンなのかもしれない。

 

何のために生きるのか・・・。

その片鱗は高校時代から垣間見える。

 

競輪選手を目指した彼はストイックに練習に励む。

「直線距離で200kmの距離を一度の休憩もなく、走りきる。」

われわれ一般人には思いつきもしないような苦行に挑む。

直線距離で200kmということは実際はそれ以上、そして高低差もある。普通であればたとえ思いついたとしても、その不可能さを目の当たりにし、すぐ引き返すことだろう。

 

しかし、北村氏は違った。

16時間こぎ続けた。

目標まであと少しのところで、命にかかわるほどの喉の渇きを感じ、たまらず家から持ってきた牛乳を飲む。しかし、当然のことだが16時間を経過した牛乳は完全に腐っており、体調を崩して意識を失い倒れてしまう。通りかかった人の助けでなんとかこの時は一命をとりとめた。

目標のためなら命ある限り挑戦する。この時からそれは根幹にあったよう。

 

このエピソードで注目したのは、「まだ高校生だし、帰りが遅くなると親が心配するから」と深夜2時に家を出発したこと。

なんと心優しい少年なのでしょうか。

自分だけでなく産んでもらった親のことも考える。

 

まさにアンパンマン

ジャムおじさんも感激ね。

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そしてその後はボクシングを始める。

しかし、ここでも彼は「相手が気の毒でね。さぞ痛かろうって思うと殴れないの。自分が殴られたパンチの数を数えておいて、その数だけ殴るの。自分が殴られた分だけならいいかなって

 

優しすぎる。

 

もうね。

これはですよ。

北村氏がリアルアンパンマンなのではなく、

アンパンマンがリアルマッスル北村なのです。(意味不)

 

ボディビルとの出会いは必然的

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彼のストイックさは高校時代に輪をかけて進化していく。

二浪の末、見事東京大学に合格、実妹によると「兄は天才というわけではなく、僕には時間がないと言うのが口癖で、常軌を逸した超絶努力で東大に合格した、努力の人なんです」とのこと。

 

入学した北村氏はこれまでボクシングをしていたため、決して筋骨隆々というわけではありませんでしたが、東京大学運動会ボディビル&ウエイトリフティング部に入部。前述のような猟奇的な努力で数々の大会を総なめにしていく。

 

ボディビルの初期の段階では、家族と一緒にとる「普通の食事」以外に、卵を20-30個、牛乳を2-3リットル、さらに鯖の缶詰を3缶、加えてプロテインの粉末300gを毎日摂取した。また、このような食事を消化吸収するために、消化剤を大量に摂取した。さらに筋肉のサイズアップに効果があるとして、鶏肉をミキサーにかけペースト状にしたものを大量に摂取した。その結果、ボディビルを始めて僅か10か月で40kgの体重増加に成功する。

 

筋肉のためにはなんでもする。

そんな気概で、東大も中退。

その後も過酷なトレーニングは終わらない。

 

彼の経歴の中でも最も語り草となっているのが、1985年アジア選手権における凄まじい減量である。8月11日の実業団選手権に優勝した直後、急遽アジア選手権のオファーが入る。チャンスとばかりに二つ返事で了承したはいいが、あと4日しかなく、コンテスト直後で身体は疲弊しきっている状態であった。「この状態で出ても結果は知れているので、少し好きな物を食べて筋肉に張りを持たせよう」と考え、食べ始めたが最後、コンテスト直後の食欲は凄まじく、コントロールできないまま食べ続けた結果、わずか2日で85kgから98kgへ太ってしまう。

電車を乗り継いで山奥まで行き、そこから自宅までの100kmマラソンに挑戦する。途中で足の爪がはがれ、シューズの中が血で溢れるほどだったが気絶することなく計120kmを15時間かけて走り抜き、14kgの減量に成功。アジア選手権、ライトヘビー級のタイトルを手にする。

 

ぼくも大学時代にウルトラマラソン(100km)走ったことがあるんだけど、まじでしんどい。それを減量としてやりきってしまうなんて、計り知れない精神力。しかもコンテスト合間に。

もうすでに精神が肉体を凌駕している。

 

筋肉にすべてをささげた男マッスル北村・・・。

 

餓死

2000年8月。

 

ボディビルの世界選手権に向け、20kgの急激な減量に挑んだ結果、低血糖状態になり旧姓心不全で亡くなりました。死因は餓死。(没39歳)

 

数日前にも救急車で運ばれた北村氏はその際、妹に「めまいがしたらアメを舐めて。アメ一個でいいから」と懇願しましたが、「僕はそんなわずかなカロリーすら摂取したくないんだ」と言ったそうです。

 

「僕はそんなわずかなカロリーすら摂取したくないんだ」

 

持病の中二病が再発しそうだ。

 

まとめ

心優しく、生命の危機をも抑制する驚異的な精神力。

決して真似しようとは思わないけど、衝撃だった話。

 

最近暑くてクーラーがんがんで怠けてばかりだけど、勉強、ランニング・・・なにかを始めるとき、彼を思い出し、モチベーションにする。

 

僕はまったくのちっぽけな人間だけど、ヒトはやればやれるとこまでできるものです。(笑)

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今週のお題】モチベ向上作戦

 

基本は友人から聞いた情報ですが、下記も参考にしました。

減量し過ぎて死去……ストイック過ぎたボディビルダー・マッスル北村の壮絶な生き様 - エキサイトニュース(3/3)

フォアザ筋肉!!筋肉のため「餓死」した伝説のボディビルダー - NAVER まとめ

マッスル北村 - Wikipedia